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タオ、気のからだを癒す

タオ、気のからだを癒す

遠藤喨及 著

1999年3月出版
宝蔵館

世界から奇跡の手を伝えると言われ、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、ニュージーランド、イスラエルなど、各地に広がる気の経絡/タオ療法。

東洋医学の真髄を初めて公開!人は誰も、肉体を越えた「気のからだ」に包まれている。世界6か国語に訳された名著・TAO SHIATSU (気の経絡指圧)の日本語原版、ついに刊行!

単価 : ¥2,730 (税込)

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目次

第一部生命への共感

第二部超脈への道

書評

「私は、この本を全身全霊をもって推薦する。なぜなら、ここには東洋医学の深さがかつてないほど純粋かつ明快に語られているからだ。」(ビル・パーマー、イギリス東洋物理療法ジャーナル)

「本書は、指圧を専門的に学ぶ人はもとより、自然療法に関心のあるすべての人が所蔵すべき一冊である。この本の特色の一つは、東洋の哲学と指圧の技法との完全なる一致である。」(エリ・シャイ、イスラエルマリブ新聞)

「私はすべての指圧の学生と治療家は、皆この本を入手すべきであると思う。これは、東洋医学的手法による指圧の世界的名著である。」
(オーストラリア指圧協会ジャーナル)

「遠藤喨及は気の指圧師としてすでに有名だ。彼はバイオプラズマの段階で人を癒している。」(CD ウォータープラネットのライナーノーツより:ライアル・ワトソン)

(序文より抜粋)ロバート・ボスナック氏

ロバート・ボスナック:ボストン在住、ユング派精神分析家。著書に『夢を分析する』(創元社)゛Dreaming with an AIDS patient゛(エイズ患者の夢と共に)等がある。

私が、同じユング派の心理学者である河合隼雄氏の招きによって、一九八五年に日本へ講演に来た時、同行した妻は、数か月もの間苦しんできた、交通事故の後遺症から回復しつつあるところでした。彼女は、痛みのために一週間、入院したのですが、当初、その原因が腎臓障害によるものであることを、レントゲンが明らかにしました。しかし、それに対する治療が、なんら施されることはなかったのです。どうやら、時間だけが治療法のようでした。

私たちがボストンからの長い旅を終えて、東京に着くと、妻は再び痛みに苦しめられるようになってしまいました。そこで、私の指導する゛夢分析セミナー゛の主催者に、東洋医学の治療家を探してくれるように頼みました。その時、その主催者の強い推薦によって紹介されたのが、遠藤喨及氏だったのです。

当時、東京に在住していた遠藤氏は、私たちが宿泊している東京インターナショナル・ハウスまで来てくれました。そして、妻の腹部を診るなり、三分後には、その痛みの原因は腎臓がダメージを受けたためであると診断しました。さらに、その後の小一時間ほどの指圧治療の結果、妻の痛みが再びやってくることはありませんでした。

私が本書を深く信頼するのは、何よりもこれが、人間が本来的に持つ直感力と、最も原始的である手技を通して、東洋的叡智である「道(タオ)」に目覚める方法を指し示しているからにほかなりません。

(インタビュー)聞き手・構成:川口晋さん

「地球のきもち」25号(平成8年12月)より転載(以下、敬称略)

気の経絡指圧とは?−他者への共感

川口:遠藤さんは自らの指圧を「気の経絡指圧」(TAOSHIATSU)と称しています。経絡とは、生命現象を成り立たせている「気」の流れるルートのことですが、これがわからないと、どこを指圧していいのかわからない……。

遠藤:経絡を理論的に学び、ツボの位置を覚え、正しく拇指で圧す方法をマスターしても、今目の前にいる相手の「証診断」ができて、どの経絡が「虚」になっているかがわからないと意味がないのです。どれを治療していいかわからないのだから。まあそれでも、的がはずれていても他人に圧してもらうと気持ちがいいし、「へたな鉄砲も数撃ちゃ当たる」ということで、偶然ツボを圧すこともあるからいいかもしれないけれど……。だから証診断ぬきの指圧は慰安の域を出ないということで、世界の指圧治療のほとんどが、そこにとどまっているといわざるを得ないと思います。

川口:遠藤さんは二十六歳の時、「ある日突然」経絡が見えるようになった、それ以来多くの患者さんを治せるようになった。そして、経絡が見えるのは、日常の意識を脱して、相手の生命に共感して、相手の生命に共感して、相手の生命を100%自分のこととして実感できた瞬間である、と説明しています。またその診断には「非常に精神性を必要とする」ということも述べていますが。

遠藤:日常の意識では、私たちは物質レベルの世界しか見えない。そこで目に見えない相手の生命に共感する状態に至るためには、自我意識を低下させて、原始感覚を立ち上がらせる必要がある。そして私の経験からいえば、自我意識を低下させるためには、精神的なトレーニングが必要なのではないかと思うのです。

川口:そこなんですよね、結局、みんなが知りたいのは。つまり、どうやったら日常の意識を離れて、相手の生命を実感することができるのか。そこで「精神性」ということになると、じゃあ何をどこまでやればその「精神性」を獲得できるのか、という疑問が出てきてしまうのです。さらに、そんなのは特殊な能力をもった人でないと無理なのではないか、という見方も出てきます。

遠藤:誰もが原始感覚は持っているけれど、判別的な日常の感覚(五感)がそれを塞いでいるだけで、特殊な能力がある・ないの問題ではない。ましてや超能力の類ではまったくない。それに、経絡が見えるからといって、その人が霊的に高い境地にあるというわけでもない。原始感覚は誰にでも本来備わっているのです。私は、海外でこの問題を説明するとき、「スピリチャリティ(霊性)ではなく、プライマル・センス(原始感覚)の問題だ」といっています。問題は、日常の五感をどうやって超えるか、ということなのですが、私の場合は、その自我意識からの離脱というのは念仏三昧の修行を通して会得することができた。仏教が目指すところを簡単にいえば、自我を捨てて無我の境地に至ることだから、ある程度まで自我を脱落させることができれば、他人の経絡を実感することはそう難しいことではなくなるのです。

すべての生きとし生けるものは、ただ一つの普遍的生命を根源としているので、生命はお互いに共感し合うことができるのである。治療者は、患者の生命に共感することで、その根源的生命と一体になることができる・・・