電車の急停車で私の上に人が雪崩のように倒れてきて、その時に右膝を痛めました。その衝撃はすさまじくスーツケースの取っ手の部分が曲がり、スーツケースに載せていたバッグの中に入っていたモバイルパソコンの液晶画面が写らなくな位のものでした。しばらく痛みを感じていましたが、数日すると痛みが取れ、何事もなかったかのような生活に戻りました。
一ヶ月ほど経ったある日、通勤途中駅まで歩いている途中、その右膝の痛みが烈火のごとく舞い戻ってきました。痛くて歩けないほどでした。その週末に総合病院に行き、診察をしてもらいました。レントゲンをとり、触診を受け、膝を伸ばしたり、曲げたりして痛みの箇所を特定しました。診断は右半月版を損傷しているまたは靭帯を伸ばしている可能性がある、とのことでした。帰りに大量の湿布をもらい、家路に着きました。当然のことながら湿布をしても痛みは消えず、歩くのに支障をきたす状況は変わりません。その時の心理状況は体全体というよりは膝の痛みを消すためにどうしたらよいのか、ばかり考えていました。それが経絡のゆがみ、体のゆがみから来ているものだとは考えませんでした。
私は、気と心の学校に通い、その後、修練クラスに通ってタオ療法を学んでいました。
心が現実を作っていくことは、数々のワークを通じて体験をして認識しているはずなのに、いざ自分の痛みとなると、なかなか治ないばかりか痛みが消えないために焦りが募り、膝の痛みばかり考えていました。そして、さまざまな治療法を検討した結果、タオ療法を受けてみることにしました。
タオ療法を選択した理由は二つありました。
一つは他の指圧と違い、筋肉指圧ではないこと。もともと揉み返しがひどい私は筋肉指圧を受けると気持ち悪くなり、余計に体が硬くなるので指圧を受けることはあまり心地よいことではありませんでした。二つ目はクラスで学んでいる施療が実際に臨床でどんなものなのかを自らの体で体感してみたい。つまり、施療者が自己の内面を理解し、その自己理解を患者理解に活用し、患者のために思う、という心を養うトレーニングをすることで患者の無意識に働きかけ癒していくクラスの内容を実際に受けてみたいと思ったのです。
担当の先生から、もう大丈夫でしょう、と言われるまで、合計十回の施療を受けました。基本的には一週間に一回というペースで施術を受けることになっていました。最初の三回までは、すぐに肉体的にも精神的にも良い反応が現れました。どういうことかというと肉体的に気持ちが良いのと、私がタオ療法を治療法として選んだ理由でも書いたように私には指圧ではなく、指圧を通して私の心の内面に働きかけていく心理カウンセリングのような感覚を感じたのでした。具体的には、私の中に内在している痛み、悲しみ、そして苦しみなどの否定的な思いがまるで氷が解けるように溶け出し、癒されていくのを実感したのでした。
それは私にとっては衝撃的で、修練クラスの後に施療の予約をしていた時などは、不謹慎ですが早くクラスが終わって施療を受けたい、つまり癒されたいと思ったほどでした。肉体的にはちょうど施療を受け始める頃に約三週間調子が悪く、週末になると微熱状態が続き、百日咳のようにどうにも調子が良くない状態でした。元々健康な私は非常につらい状態で生活していましたが、三回の施療を受けている間に調子を取り戻し、膝の痛みはありましたが、体からエネルギーが湧いてくる感じを受けていました。修練クラスで錬気という気を練る運動で無理をして膝を痛めましたが、それがあまり気にならないほどでした。
四回目から違った変化が現れました。はじめの三回の施療でかなり心のケアができ、膝が好転するかと思ったら、なかなか順調には行かないのです。原因は早く痛みを治そうと、毎朝タオのクラスでしている経絡体操とヨーガを併用し無理をしたせいでした。かなり痛みは引いていたのに、また、ぶり返してしまいました。
そして、もしかしたら、このまま痛みが取れないのではないか、という不安が、痛みを感じるたびに頭をめぐり、それはいつしかタオ療法に対する否定的な思いにまで発展してしまいました。同時に施療を受けた後に感じる、どうしようもないくらいの眠気、重だるさ、痛みの箇所の大きさの変化などのめんけん反応が出ていました。これは治る兆しであることは理解していましたが、一方で治癒に対する不安をかき立てるものでもありました。
先生は、直感で私の無意識が癒してほしがっているツボを施療してくださっているにもかかわらず、私の心はこんな状態でした。そして気持ちがタオ療法から遠のいてしまいました。また、膝が治らないのはタオ療法がいけない、などと他の責任にするくらいタオ療法に治してもらおうと依存していた状態であることに気づきました。それに気付きだしてからは自分で足を治す気持ちを強めるためにエゴスキューという体の歪みを取るエクササイズを無理のない程度にほぼ毎日やりました。私にとって、そのエクササイズをする事の重要さはタオ療法に治してもらうのではなく、自分で治るという気持ちを強化したいという気持ちと膝の状態を把握するのにも役にたちました。
そして、この間も不思議な状態は続いていました。膝は痛いのに体調はどんどん良くなり、疲れることがないのです。このままずっとアクティブに仕事をしていてもいけちゃうんじゃないか、というくらい元気なのです。だから余計に膝の痛みが気になって痛んだと思います。経絡の歪みが取れ、癒され、心身ともに今まで感じたことのないくらい元気になっていくのに、何故、膝だけ?というような感覚です。
急に膝の痛みが変化を見せたのは七回目の施療を受けたときからでした。施療中の会話で何気なく「昨日飲みすぎてしまって膝がいつもより痛むんです。」と話をしたら、肝経のスジに対しても施療をしていただき、その直後、痛みがすっと消えたのでした。酒の飲みすぎは肝臓に負担をかけるし、少し控えたほうが良い、と体に気を使いケアをする気持ちになり、アルコール量も減らしました。その頃から痛みが急に薄らいできました。朝、起きて膝の調子はどうかとみると、膝の痛みの箇所が膝の皿の後ろから内側に移動していて、痛みの箇所が小さくなり、大きな鉛の詰まったものが膝に入っていた感じから、白い小さなワタ飴のような変化をした感じです。比喩を大げさにしましたが、実際には毎日、微細に変化が起こっていました。
ちょうどその頃、うつ伏せで膝を曲げて腿とふくらはぎを近づけると、あと四十五度でつくかという地点に行くと右膝関節がバキッと音が鳴る現象が起こりました。それは、そこまで曲がっていなかった膝が、ほぼ、ふくらはぎと腿の裏が付く寸前まで曲がるようになったということでした。
しばらくすると、もう、うつ伏せで膝関節を曲げても膝が鳴らなくなりました。
そんな時、引越しがありました。重い荷物を何往復も持ち運びました。時々痛みが走りましたが作業は続けました。ふと、タオ療法を受け始めた頃、無理をしたか何かで、また膝を痛めてしまい、翌日曲げられないくらいに痛んだ記憶がよみがえり、また痛みがぶりかえすのか、と不安になりました。しかし、今回は翌日になると痛みは消えていました。だんだん痛みが取れてきたのは実感していたのですが、この経験をもとに膝の痛みが治る気持ちが一層強くなりました。痛みは多少感じていたものの、もう気にならない位になり、これは直る!と確信しました。徐々にですが、正座も長い時間できるようになりました。そして事実その頃からどんどん痛みも消え、もう少しだ、と感じるようになり、晴れて10回目で施療を終了することになりました。
振り返ってみると、たとえ施療の時間に遅れても、私がタオ療法に疑心を抱いていても、先生は変わることなく、限りない愛情と忍耐力で私を受け入れてくださいました。その深い気持ちが私の無意識に届き、共鳴して癒しを感じていました。その思いや行為は言葉で書けば簡単ですが、行動となると様々な心の葛藤を伴うものだと推測します。そして今なお心の修養をされている姿を見て率直に感じるのは、タオ療法を学んでいる一人として、見習う存在だということです。
タオ療法を学び始め、元々、感受性は強いほうでしたが、お蔭様で更にその敏感さを増しています。人の心の動きを微細に感じられる良い面もありますが、感じる感度が強いために衝撃が大き過ぎて受け入れきれず、揺れることも多々あります。しかし、少しずつではありますが、それが受容できていることに気付きます。今後、さらに私自身、心の世界を深め、施療できる人間に成長していきたいと思います。また受療できたことはタオ療法を学ぶ上で大きな経験となり、また私自身の中でも本当に大きな経験でした。治療をしていただいたことに心より深く感謝します。
KW/男性/日本在住